宇田川元一さんの著書「企業変革のジレンマ - 『構造的無能』はなぜ起きるのか」という本が素晴らしかったので紹介です。この本が示しているのは以下の3点だと思います。
- 平時の変革は慢性疾患に向き合うこと
- 組織は構造的に無能化する
- 企業変革は地道である
平時の変革は慢性疾患に向き合うこと
経営危機ではないが変革を必要とする企業は、緩やかに、しかし確実に生じる悪化の問題に対処しなければならない。 - p44
ベンチャーがピボットを繰り返したり、老舗企業で明確な経営危機が起きていたり、「今、動かないと死ぬ」という状況になれば、従業員は必死に変化しようとするでしょう。しかし、業績が緩やかに衰退している、あるいは伸びているが日本の人口構造や業界再編などから「このままでは、いつかやばいかも」というような状態というのが、一番、企業変革が難しい時期です。日々、前年対比で98%とか103%の目標を達成することに必死になっている状態で、現場に企業変革なんかしている暇はないわけです。
これを筆者は「平時の変革は慢性疾患に向き合うことと似ている」と表現します。
(慢性疾患になってしまった)状況への適応には、少なからぬ痛みが伴う。この痛みを乗り越え、なるべくよい状態を目指していきたいが、今までの習慣を変えることは、実際にはかなり苦しい作業である。自らの過ちを受け入れ、喜びや楽しみを手放さなければならないこともあるだろう。
さらに、自分の習慣を超えた先に、約束された未来が待っているとも限らない。取り組まなければ確実に悪化するが、取り組むことで得られる改善もすぐに得られるものではない。このことが人々を適応から遠ざける。
しかしそれでも、背後にある重要な問題に1つずつ向き合い、適応の道を探ることが大切だ。 - P209
組織は構造的に無能化する
こうした慢性疾患に陥っている企業は「構造的無能」な状態にあります。
組織の断片化が進む中で思考の幅と質が制約され、それぞれの部門や部署で目先の問題解決を繰り返し、徐々に疲弊していく企業の姿である。現在の事業をより効率的に、合理的に実行しようとするとするために分業化が進み、ルーティンが定まってくることが、結果的に組織内の視点の硬直をもたらす。
本書では、そうした組織劣化の問題を「構造的無能化」と呼ぶ。 - P21
構造的無能を生み出すメカニズムは以下のような流れです。ある事業を生み出した組織は、その事業を回すための役割に応じた部署を作ります。
- 断片化:それらの部署は、個別の効率化を目指してルーティン化などの個別最適を続けていきます。そのうち、部署の存在が前提となり、その部署のやり方の中でしか作業をしなくなります。
- 不全化:こうなると「これまでのやり方」に沿っていない仕事や事業に対応することが困難になり、その芽があっても潰してしまいがち。
- 表層化:こうした状況で人事が主催する組織変革と名前のついた研修は上滑りを繰り返し、誰かの思いつきで導入した流行のツールを入れても金の無駄になるという悪循環に陥っていく。
多かれ少なかれ、どの企業でも発生していることです。
組織の「断片化」が進むことで問題が見えにくくなり、変化の兆しを見出せず、組織の考える能力が落ちていく。その結果、新たな戦略や施策を実行することもできないという「不全化」に至り、それを紐解くことができない「表層化」によって、悪循環が生まれる。これが構造的無能のメカニズムである。 - P95
企業変革は地道である
では、どうやって構造的無能化から抜け出すか。筆者は組織の「わからない」「進まない」「変わらない」という3つの壁を超える必要があり、そのためには「対話」が必要であるとしています。
筆者のいう対話とは「話し合う」という単純なものではありません。
相手の生きる世界を相手の視点で捉え直し、それに対して自分が応答し、自分が変わっていくプロセスこそが対話である。 - P134
例えば、2つの部署が変革に取り組むとすると、まずは相互の部署が抱えている「どうしようもないぐらい複雑な事情」というものを理解しようとし、その中で「相互に無理のない範囲でできることを考え」、「できることから支援をしあい」、そこを通じて少しずつ本質的な問題を捉え、双方にとってより良いプロセスを模索していき、最終的には部署の形も変わっていく、といったことでしょうか。
皆で問題を掘り下げ、解決の道を探ることができれば、少しずつ、だが着実に、変革を進められるだろう。実際、地道な取り組みを続けてきた一部の企業には、明るい兆しも見え始めている。
変革には痛みが伴う。だが、いつの日か必ず、様々な取り組みが実る日が来る。それは、誰かに評価されるものでもないが、何にも代えがたいものだと私は思うのだ。 - P213
いいですね、この身も蓋もない現実。結局、日々の地道な変化を積み重ねる以外に変革を実現する方法はない。将来を気にせず一時的に財務指標を改善するのは簡単なことです。そうではなくて、組織の能力を本質的に改善し、持続可能な成長を実現しようと思うと、そこに待っているのは地道な作業であり、いつ評価されるかもよくわからない取り組みです。
自分自身も同じでしょう。人間は誰もが多かれ少なかれ慢性疾患的な悩みを抱えています。老いから発生する様々な症状はわかりやすいでしょう。もし、いつまでも健康に過ごしたいなら、身体を動かしたり、勉強をしたり、地道な努力を積み重ね、必要に応じて周りの助けも借りながら日々を過ごしていく必要があります。必要があると分かっているはずです。しかし、これを一定のレベルで維持するというのは簡単なことではありません。特に日々には困っておらず、「発生しないかもしれない痛みのために努力する」というのは並大抵のことではないです。そして、ある瞬間に老いが進んでいることを自覚するのです。
感想
ここまで絶望的なビジネス書というのは、あまりない気がしてます。圧倒的な成長を実現したビックベンチャー、あるいは絶望の淵からV字回復した奇跡の老舗みたいな「ストーリー性のある派手な成功企業」の事例ではなく、それ以外の99.9%の普通な企業に向き合い、その課題を的確に捉え、解決には地道な努力しかないと言い切る。企業変革がテーマではありますが、非常に人間臭い、組織論やリーダーシップ論に近いと言えます。
なので、残念ながら本書を読んでも、構造的無能を解決する即効性のある方法は分かりません。「いつ成果が出るかは分からんが、地道に対話するしかないのだ」なんて、創業社長か創業家ぐらいにしか響かないでしょう。そもそも、99.9%の会社が簡単に変革を起こせる方法が提示できたら天才か詐欺師です。
そういう意味では、宇田川さんは正しくアカデミックな方で、経営コンサルタントというより、理論派の経営コーチといったところでしょうか。好きです、そういう姿勢。
なぜ素晴らしいか
それでも本書が素晴らしいと感じたのは、僕自身の仕事において共感できたからです。エンタープライズDX推進なんて名乗ってるので、大組織のDX支援をすることが多いのですが、そらもう、構造的無能との対峙がメインです。大組織の社員って優秀な人が多い。真面目に会社の中経と年度計画とKPIに向き合っている。なのに(だから)、DXのような取り組みには協力いただけない。「それって構造的無能ですよ」って、名前をつけてもらえると「ですよね」というしかありません。
そして、この解決に「対話的アプローチしかない」というのもその通りです。僕は経営層やコーポレート部門ではなく、事業部門からの依頼によって、DXを推進するリーダーを支援することが大半です。
変革を進めないリーダーは、組織の状態を「変えられない前提」で動かないタイプ。「うちの会社じゃ無理」と諦めたり、あるいは、外部のキラキラ事例を持ってきて「こうできないのは会社が悪い」と批評を繰り広げる。
変革を進められるリーダーは、組織の状態を「制約として受容」して、できることを探していくタイプ。とりあえず現場に飛び込んで、様々な部署の仕組みを理解し、それらを繋げて「弊社ってこうなってました!」とみんなに提示し、「でも、こうした方がいいですよね!」と引きつけて、仲間を増やしていく。
僕らは、変革を前に進められるリーダーに対して、現場の業務の可視化や、ビジネスとITをリンクさせるようなツールや支援を提供しています。そのツール群のコンセプトが、まさに「対話的」であることです。組織としての試行錯誤を前提とし、多様な人々に共通の視野を提供し、変化の波にみんなを乗せていく。具体的にはサービスデザインやスクラムであり、組織プロセスデザインが重要であることを提示しています。
ただ、こうした対話的なツールの有用性は、やってみれば当事者は効果を感じてもらえるけど、上層部への説明が難しい。そこに悩んでいたのですが、本書を読んで「自分たちのやっていることは間違いないし、理解してもらえる人もいそうだな」と感じることができて、勇気をもらえました。
ちなみに、テクノロジーに関する拙著 DXリーダー必修講義 では「はじめに」で、以下のように書きました。「地道にやろう」というコンセプトは同じかな、と勝手に共感しています。
筆者の経験によれば、優れた企業では、事業全体のモデルを理解する人々が、ITに何ができるか・できないかを理解し、ITによるビジネス課題の解決方法を手間を惜しまず試行錯誤している。常にITの可能性を勉強し、スキル向上に努める。ITを使って、いかに企業全体の価値を高めるか。このことを考え続けている。
結局のところ、そういった当事者による地道な努力以外に道はない。本書は、そんな努力をしようとする人に向けて、現在のITは何ができるか・できないのかを説明するために書いた。
<中略>
DXを標榜するサービスを導入すれば問題は解決する、というのは幻想だ。効率的で効果的かつ地道な努力を始めよう。 - P3