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ITアーキテクト 鈴木雄介のブログ

DXの現状分析はコミュニケーションを目的にしよう

この記事はグロースエクスパートナーズ Advent Calendar 2023の11日目です。

近年のシステム開発案件では、DXが目的として設定されることが多いでしょう。よく知られている通り、DXには組織や文化の変革を伴うため、その実現は簡単ではありません。DXのはずが、ただの再構築になったという話もよく聞きます。この記事では、自分の経験から、企画段階でDXを外さないために何をすべきかについて書いてみます。

はじめに

システム開発の企画段階では、現状分析を行なって課題を洗い出し、そこから目的をまとめるアプローチが一般的です。ところが、ただ現状分析をするだけではDXの目的が見つけられないことがあります。

以下の3つの観点に注意が必要です。

  • ペインだけではなくゲインを考える
  • 虫だけではなく鳥の視点で見る
  • 関係者とのコミュニケーションのために現状分析する

ペインだけではなくゲインを考える

「ペイン(Pain/苦痛)」と「ゲイン(Gain/利得)」はビジネスやマーケティングの文脈でよく使われる概念です。

名前 意味
ペイン ユーザーが経験している問題、苦痛、不便さ、不満など。ユーザーが解決したいと感じる否定的な状況や経験 時間の浪費、非効率、無駄など
ゲイン ユーザーが求める利益、価値、成功など。ユーザーが達成したいと望む肯定的な結果や目標 売上の向上、新しい顧客の獲得、価値の創出など

現状分析においてユーザーから出てくる課題は「ペイン」が多いです。「ペイン」は、そのユーザーが実際に体験していることに対する不満や問題のため、具体的に考えることができるためです。そのため、その不満や問題からの目指す問題解決のアプローチです。

一方、「ゲイン」は、将来的に望ましい利益や経験のため、現在は体験できていない潜在的なニーズです。時には「会社が言っている」というような、自分事になっていないことも多いため、具体性に欠け、曖昧です。「ゲイン」は、これから産み出される「価値創出」のアプローチです。

DXを目指すなら、「ゲイン」を目的にすべきです。場合によっては「ペイン」がなくなってしまうようなこともありえます。

たとえば銀行のATMを考えてみましょう。銀行への入出金を店舗の窓口業務でしかできなかった時代に窓口の人に聞いても「窓口業務を効率化したい」という課題が出てくるだけです。しかし、本来目指すべきことは入出金業務を無くして、別の業務をする時間を創出することです。そこで、顧客自らが操作して入出金できる機械を設置すれば、そもそも窓口の数を減らし、別の業務ができるようになります。

虫だけではなく鳥の視点で見る

しかし、現場と会話しているだけでは「ゲイン」は出てきません。そのため「虫の視点」だけではなく「鳥の視点」も意識する必要があります。

名前 意味
虫の視点 詳細や具体的な要素に焦点を当てる。個々の作業、小さな問題点、特定のプロセスの詳細を深く理解する視点 特定のソフトウェアの導入、プロセスのデジタル化、データの詳細な分析など
鳥の視点 大局的な視点や全体像に焦点を当てる。全体的な戦略、長期的な目標、組織全体の方向性に注目する視点 全体的なビジョンの策定、組織文化の変革、新しいビジネス機会の探求など

業務の現状分析を現場にヒヤリングしながら進めるのは「虫の視点」です。具体的で細かい要素に注目し、その事実を深く理解することが求められます。そのため「ペイン」が大量に出てきます。あの作業が大変だ、この作業は面倒だ、といったことです。

この「虫の視点」のままで「ゲイン」を考えるのは、なかなか大変です。なぜなら、業務というのは与えられた範囲でやっていることなので、業務に必要なインプットと、成果となるアウトプットは固定化されているものであり、それを変えないままで変えようとしても、基本的には効率化以外の選択肢は出てきません。

そこで重要なのが「鳥の視点」です。「鳥の視点」は、その業務の範囲にとどまらず、なぜ、その業務が必要なのか、その業務の成果はどう使われるか、といったとこまでを分析の対象とします。「鳥の視点」によって業務のあるべき姿を検討することができ、「ゲイン」となるようなアイデアを生み出すことができます。

ただし「鳥の視点」は、あくまでも「虫の視点」があった上でのことです。「鳥の視点」では大局的な戦略を見出すのに有効ですが、「虫の視点」を疎かにすると、実現性が欠けてしまいます。理論と現実のギャップを把握できない、重要な細部を見逃してしまう、従業員がやらされ仕事になるなどが発生する可能性があります。

関係者とのコミュニケーションのために現状分析する

では、どのすれば「虫の視点」を大事したまま「鳥の視点」になり、実現性のある「ゲイン」を定義することができるのでしょうか?残念ながら、現場の「虫の視点」の人だけが集まって話をしていても無理ですし、虫の視点を持たない上位マネージャーに聞いても「ゲイン」には辿り着けません

ある枠組みの中にいる人が、どんなに詳細に自分たちのことを分析しても、枠組みを超えたアイデアを出すことは困難です。とはいえ、その枠組みの中で、何をやっているか理解していない人に意見を求めても正しい答えは返ってきません。であれば「枠組みを超えてコミュニケーションする」ことが重要だと思っています。

DXにおける現状分析というのは、関係者とのコミュニケーションが目的といっても過言ではありません。そのため現状分析で作られるドキュメントは、関係者とコミュニケーションするための共有され、議論するための土台であり、以下のようなことが求められるのです。

  • 他者が理解しやすいこと
  • 全体的(ホリスティック)であること
  • HowよりもWhyが表現されていること

我々の会社では、チーム外とのコミュニケーションを推進するために、サービスデザインを利用し、具体的にはサービスブループリントを応用した手法を使った視覚化を推奨しています。この記事では、書き方が本質ではないので紹介しませんが、こんな感じのアウトプットになります(資料は記事の最後につけておきます)。

こうしたドキュメントを持って、以下のような関係者と議論を行い、どうしていくべきかを考えていきます。

  • インプットを作ってくれる部署や関係者
  • アウトプットを利用してくれる部署や関係者
  • IT部門
  • 法務や経理などの部門
  • その他、関係のある部署
  • 経営層

DXを目指すための現状分析で作られるドキュメントは「現状分析の成果物」ではなく「関係者とコミュニケーションするためのツール」です。関係者とのコミュニケーションしていく中で、新しいアイデアや考え方が生まれてくれば、それに合わせて書き換えていきます。その過程から、必ず実現可能で意味のある「ゲイン」が見つかるはずです。

さいごに

DXを目的とするなら、「答えは今のチームの中にはない」ということを前向きに受け入れることが必要です。チームの中だけでコミュニケーションしても「虫の視点」で「ペイン」が出ててくるだけです。そうではなくて、関係者と積極的にコミュニケーションして、答えを探すことが必要です。そうすることで「鳥の視点」で実現可能な「ゲイン」が現れてきます。

現状分析をして成果物を作って満足するのではなく、それを利用して新しい価値を探す旅に出ましょう!