グロースエクスパートナーズグループのリレーブログ企画6日目です。5日目はAIエージェントでdocxを読み解くためのDocker環境構築でした。まだご覧になっていない方は、ぜひそちらもチェックしてみてください!
生成AIの活用は、単なる作業代行から、思考支援や判断支援を含む「AIとの協働」へと広がっています。AnthropicのAIフルーエンシー(AI Fluency)は、単にAIを利用することではなく、人とAIが協働しながら仕事を進める力を指します。
一方で「AIと協働する個人」が増えても「AIと協働する組織」にはならなそう、ということも分かってきました。サティア・ナデラが提唱したトークン資本(Token Capital)は、業務を通じてAIを育て続けるような仕組みの必要性を示しています。
本稿では、AIフルーエンシーとトークン資本という二つの概念を紹介しながら、「AIと働く人」と「AIと働く組織」の違いについて考えていきます。
AIと協働する能力:AIフルーエンシー
AIフルーエンシー(AI Fluency)は、Joseph Feller教授とRick Dakan教授が開発し、Anthropicとともに展開している、AIと効果的・効率的・倫理的・安全に協働するための能力です(Anthropic「AI Fluency: Framework and Foundations」)。
AIリテラシーが「AIを理解し、責任を持って活用するための知識や能力」という基礎的な内容なのに対して、AIフルーエンシーは「実務の中でAIと協働して仕事を進める能力」に焦点を当てた考え方です。
Anthropicは、人とAIとの関わり方を 作業代行、思考支援、エージェンシーの3つに整理しています。
| 関わり方 | 説明 |
|---|---|
| 作業代行(Automation) | AIに作業を実行してもらう使い方 |
| 思考支援(Augmentation) | 人とAIが思考や作業のパートナーとして協働する使い方 |
| エージェンシー(Agency) | 人がAIの振る舞いを設定し、より自律的に仕事を任せる使い方 |
この中でも、個人のAI活用では思考支援が重要になっています。Anthropicによると、2025年の調査でClaude.aiの利用の57%が「思考支援」に分類されました。その後比率は変動していますが、2026年3月の調査でも「思考支援」は増加しており、AIが人の能力を補完しながら仕事を進める使い方が主要な形の一つになっています。
こうしたAIとの関わり方を適切に選び、仕事を進めるための能力を整理したものが「4D」です。
| 能力 | 説明 |
|---|---|
| 任せ方(Delegation) | 人とAIの役割を決めること |
| 伝え方(Description) | 必要な情報や意図をAIに伝えること |
| 見極め方(Discernment) | AIの出力や振る舞いを評価すること |
| 責任の取り方(Diligence) | AIとの協働を責任を持って行うこと |

4Dで特徴的なのは「AIへの伝え方」、つまり「どのようなプロンプトの書き方が良いのか」が中心ではないことです。
AIは、与えられた依頼に対して成果を返すことができます。一方、その仕事の目的から考えて何をAIに任せるべきか、返ってきた結果を実際の仕事に使ってよいか、といった判断は人が担います。
そのため、どんなに的確なプロンプトを書けても、任せる仕事の選び方が適切でなければ、十分な成果にはつながりません。また、返ってきた内容についても、目的に合っているか、誤りがないか、実際に使えるかを見極める必要があります。
AIと協働するには、AIに依頼する前に「任せ方」を考え、依頼した後に「見極め」を行い、最終的な利用に「責任」を持つことが重要なのです。
「AIと働く人」が増えても組織の生産性は上がらない
AIによって、個人の生産性が高まることは、すでに複数の研究で確認されています。例えば、スタンフォード大学などが5,172人のカスタマーサポート担当者を対象に行った研究では、生成AIの導入によって1時間あたりの問題解決数が平均15%向上しました。特に経験の浅い担当者で大きな効果が確認されています。(Stanford Graduate School of Business)
一方、企業全体の生産性や事業成果を見ると、AIの利用拡大に比べて効果は限定的です。 最近の調査でも、同じ傾向が報告されています。
- NBERが米国、英国、ドイツ、オーストラリアの約6,000社を対象にした2026年の調査では、69%の企業がAIを利用している一方、89%の企業が過去3年間の労働生産性に影響はなかったと回答しています。(NBER「Firm Data on AI」)
- PwC Japanの2026年調査では、生成AIを活用・推進している企業は87%まで増えています。一方、活用・推進中の企業で「期待通り」または「期待を大きく上回る」効果を得ている割合は64%にとどまっています。(PwC Japan「生成AIに関する実態調査2026 春」)
個人レベルではAIによる生産性向上が確認されている一方で、その効果が企業全体の生産性や事業成果にそのままつながっているわけではない、というギャップが見えてきています。
Microsoftの「2026 Work Trend Index」では、AIを仕事で使う人を「個人のAI活用能力」と「組織のAI活用への準備度」という2つの軸で分析し、5つの状態に分類しています。

| 分類 | 割合 | 状態 |
|---|---|---|
| Frontier | 19% | 個人・組織ともに高い |
| Blocked Agency | 10% | 個人は高いが、組織が追いついていない |
| Unclaimed Capacity | 5% | 組織は整っているが、個人が追いついていない |
| Stalled | 16% | 個人・組織ともに低い |
| Emergent Zone | 50% | 個人・組織ともに発展途上 |
この分類に沿えば、まだ全体の7割程度は「個人のAI活用」という壁を越えていないと考えられます。
一方、その壁を越えた先には、「個人はAIを使いこなせるのに、組織が追いつかない」という次の壁があります。Microsoftは、この状態を「Blocked Agency」と呼んでいます。
個人のAIフルーエンシーが高まったとしても、組織のAI活用への準備が足りないと、組織全体の成果には結びつかないわけです。
「AIと働ける人」を増やすことと、「AIと働ける組織」をつくることには、それぞれ異なる課題があります。個人のAI活用が進むほど、次は組織側のAIとの協働のあり方が問われることになります。
組織がAIと働く:トークン資本
では、組織がAIと働くためには、何が必要なのでしょうか。その考え方として参考になるのが、Microsoft CEOのサティア・ナデラが提唱する「トークン資本(Token Capital)」です。
ナデラは、AI時代に企業が持つべき2つの資本を定義しています。(Satya Nadella, “A frontier without an ecosystem is not stable”)
| 資本 | 意味 |
|---|---|
| 人的資本 | 人が持つ知識、経験、判断力 |
| トークン資本 | 企業が自ら構築し、保有するAI能力 |
トークン資本は、企業がAIと仕事をするために蓄積してきた、企業固有の能力を広く含みます。ナデラは、文脈、AIのスキル、モデルに学習された内容などを例に挙げています。
例えば、次のようなものがトークン資本を構成します。
- 業務で使われる知識や文脈
- 判断の基準や評価方法
- AIに組み込まれた業務の進め方
- プロンプトやナレッジ、ハーネス
- AIとの業務から蓄積された実行履歴やフィードバック
そして、トークン資本を育てるうえで重要になるのが「学習ループ(Learning Loop)」です。業務でAIを使い、その結果を評価し、そこで得られた知識や判断をAIの仕組みに反映します。その改善された仕組みを次の業務で使うことで、さらに新しい学びが生まれます。ナデラは、この循環そのものが企業の新しい知的財産になると述べています。

2026年7月の論考では、この考えをさらに「クラウド時代はデータを蓄積し、AI時代には学習を蓄積する」と表現しています。AIとの業務から生まれる実行履歴や評価、意思決定などを企業の中に残し、それらを次のAI活用に反映することで、学習の循環を継続させます。(Satya Nadella, “The Reverse Information Paradox”)
「AIと働く組織」というのは、AIフルーエンシーにある「任せ方/伝え方/見極め方/責任の取り方」を、組織の業務や仕組みとして実装し、その実践から得られた学びを蓄積・改善していくことです。トークン資本は、この循環によって育つ組織のAI能力を表す考え方です。
学習ループを業務に組み込む:ガイド型AIエージェント
では、トークン資本を実際の業務の中でどのように育てていくのでしょうか。
日本企業では、熟練者への依存が残る一方で、その退職が迫り、後継者の育成も難しくなっています。さらに少子高齢化が進む中、人員を大きく増やさずにサービス品質を維持していくことも求められています。こうした状況では、熟練者が持つノウハウをAIに蓄積し、組織の中で広く活用できるようにすることが重要になります。
Graatでは、その一つの形として「ガイド型AIエージェント」を提唱しています。
熟練者が持つ仕事の進め方や判断基準をAIハーネスとして実装し、作業者がAIエージェントに業務のガイドをしてもらいながら仕事を進めます。そして、実際の利用から得られた学びをもとに、熟練者がハーネスを改善します。
熟練者がハーネスをつくる → 作業者が業務で使う → 利用結果から学ぶ → 熟練者がハーネスを改善する
この循環によって、熟練者の知見を多くの作業者が利用できるようになり、作業者の実践から得られた学びも次の業務に反映されます。AIハーネスも、業務とともに育っていきます。そして、そのプロセスの中で、熟練者のノウハウが資産として残るのです。
システム開発の事例としては、KDDIのau PAY開発を公開しています。企画・要件定義の領域で、熟練者が持つ仕事の仕方をAIエージェントに組み込み、バックログ作成を支援しています。実際に使いながら改善を続けることで、個人の作業支援からチームや組織の能力向上へとAI活用を広げています。詳しくは「au PAY開発を支える、EBAADによるAIエージェント活用」で紹介しています。
現在は、同じ考え方をシステム開発以外の業務にも適用しています。熟練者がAIをつくり、作業者が使い、その実践からまたAIを改善する。この循環を業務の中につくることが、組織としてAIと働くための一つの形だと考えています。
「AIと働く人」と「AIと働く組織」
ここまで見てきたように、「AIと働く人」と「AIと働く組織」では、AIとの協働のかたちが異なります。
| AIと働く人 | AIと働く組織 | |
|---|---|---|
| 中心概念 | AIフルーエンシー | トークン資本 |
| AIとの協働 | 人とAIで仕事を進める | 組織の知識や判断をAIに組み込み、業務を通じて更新する |
| 学習 | 人がAIとの働き方を学ぶ | 業務から得た学びを組織に蓄積する |
| 改善 | 人の任せ方・伝え方・見極め方・責任の取り方が向上する | AIの仕組みや業務の進め方が改善される |
個人のAI活用では、AIフルーエンシーを高めることで、人とAIの協働を深めていくことができます。
組織のAI活用では、業務から得られた学びを組織の中に残し、AIの仕組みを継続的に改善することが求められます。その循環によって、トークン資本が育っていきます。
「AIと働く人」を育てることと、「AIと働く組織」をつくること。この二つをそれぞれ進めていくことが、これからのAI活用では重要になりそうです。