今年入社した新卒は「AIネイティブ仕事世代」です。文章を書く、調査をまとめるといった仕事の多くは、AIを使えばあっという間にできるようになっています。
だからこそ、AIを活用するためには、人間にしかできない「なぜやるかを考える」ということに意識して取り組む必要があると感じています。そして、AIを仕事のパートナーとして扱うことが重要です。
AIがやり方を担う時代に、人が果たすべき仕事とは
AIは労働環境について大きな変化をもたらしています。すでに米国では若手にやらせてきたような作業がAIによって代替されつつあります。2024年の新卒採用は前年比5.8%減の見通しで、テック業界ではAIツールの普及でエントリーレベル求人が全体の2.5%以下に減少。コンサル業界でもAIの導入で新人アナリストの採用が抑制されています。調査では86%の企業が「初級職をAIで代替する計画がある」と回答しています。
これは短期的には「AIが若手の仕事を奪う」という現象ですが、これからを見据えると若手も含めて「誰もがAIを活用した仕事ができるようになるべき」だといえます。
AIが大半の作業をやってくれるなら、人間がやるのは「やるべきことを決定する」ことです。AIは、「こうやってやるといいよ(How)」を提案するのは得意ですが「何をやるべきか(What)」は判断できません。
たとえば提案書を作るとき、AIに「顧客がこう悩んでいて、こんな提案をしてみたい」と入力すれば、いくつかの選択肢が返ってきますし、それは、ノウハウのある人が提案するような内容も含まれるでしょう。
ただ、ここで難しいのは、前提である「顧客の悩み」や「会社としてしたい提案」がズレていれば、いくらAIが良い答えをしても、まったく的外れな内容になることです。
もちろん、自分自身が正しく顧客の要望を把握する、正確に会社の状況を理解しておく、といったことができているなら問題ありません。しかし、世の中はどんどん複雑になっており、経験がある人でも顧客の要望や自社のソリューションを正確に理解しておくことは困難になっています。
では、どうすれば、よいのでしょうか。
それは「何をやるのか(What)」の手前になる「なぜやるのか(Why)」を周囲の人々と一緒に作り、それをAIとも共有することです。
プロジェクトやチームには、上司、同僚、顧客、パートナーなど、様々な立場の関係者が関わっています。それらの人と「なぜやるのか」が共有し、それを前提に仕事を進めるのです。その上で、初めてAIが役に立ちます。
AIの活用に向けた3ステップ
AIを活用した仕事をする上では、仕事の手前にある「なぜやるのか」ということを認識した上で、進めていくステップが必要です。それが次の3つです。
- 自分が「なぜ」を問う
- 周囲の人々に確認してもらう
- AIと共にかたちにする
ステップ1:自分が「なぜ」を問う
まず必要なのは、自分自身が「なぜやるのか?」を問い、理解することです。
目の前にパズルが置かれると、私たちはつい「どうやってやるか(How)」に意識が向かいがちです。最新で面白い仕掛けのあるパズルだと聞かされると、解きたくてうずうずしてしまいます。しかし、楽しそうなパズルに飛びつく前に「なぜ、このパズルを解くのか?(Why)」と問う必要があります。
「なぜやるのか?」は、他人に聞きます。自分で考えることも大事ですが、他人が、どのように考えているのかを知ることも重要です。聞くべきことは、単純な「何をするのか」だけではなく、その「背景」や「期待する行動変化」といったものを含みます。
例えば先輩から「この文書を整理してくれ」と言われた時に「どういうプロンプトをAIに入れよう」と考える前に、「誰に向けて、何をしてもらうための資料か」を聞きます。先輩の回答が理解できなければ、より深く会話をして、「なぜやるのか?」を確認します。
ステップ2:周囲の人々に確認してもらう
自分なりに「何をやるのか」「なぜやるのか」が見えたら、それを可視化して、周囲の人々に共有して確認してもらいます。例えば、範囲がどこか、何を使うのか、何に使うのか、何を持って完成とするのか、といった情報を整理して、文章や図にします。
チーム内で共有する程度であれば、簡単な文章で十分です。書くためのコツは、以下のようなものです。
- 「誰のため」と「何のため」を記載
- 「手段」ではなく「事前と事後の変化」や「達成後の状態」を記載
たとえば、以下のようなものです。
この文書整理は、「新しく入ったメンバー」が「顧客のことを理解すること」で「タスクの理解を簡単にする」ための取り組みです
こうした文章をチャットでもいいので共有することで「それは少し違う」「これもやったほうがいい」という反応があるはずです。それが大事です。そうやって自分の理解に対して、周囲の人々からフィードバックをもらうことが最大の目的です。こうすることで、「なぜやるのか?」を磨いていくことができます。
取り組む上で大事なのは「最初の『なぜ』は間違っているかもしれない」ということです。例えば、先輩に言われた通りに書いたとしても、別の人に「違うよ」と言われることもありますし、当の先輩から「そういうことじゃない」と指摘されたりします。
それは全然問題ありません。「ズレている事がわかってよかった!」と前向きに捉えましょう。「絶対に間違わないように慎重に考える」よりも「ちょっと間違ったものでも、みんなに見せてフィードバックをもらうほうが早く正解に近づける」からです。ぜひ、恐れずに間違えてください。
ステップ3:AIと共にかたちにする
ここまでで、「なぜやるのか」が自分の中でも整理され、関係者とも合意できました。次は、いよいよ具体的なアウトプットを作っていくフェーズです。ここからがAIが活躍するところです。
AIを使う上で大事なのは、AIを仕事のパートナーとして捉えることです。単に「生成して」と任せるのではなく、「なぜやるのかを理解させ」「段階的に進め」「整合性をチェックし」「必要に応じて作り直す」というステップを経ていきます。
1. なぜやるのかを伝える
AIに具体的な作業を依頼する前に、プロンプトの冒頭で「なぜやるのか」をはっきりと伝えます。これはAIに文脈を与える「Contextual Priming(文脈設定)」の役割を果たします。
たとえば、以下のように記述します:
- この文書整理は、新しく入ったメンバーが顧客のことを理解することでタスクの理解を簡単にするための取り組みです
このように「誰のために、何のために、何を達成したいか」を宣言することで、AIはその「なぜやるか」を判断基準として保持し、その後のやり取りに反映してくれます。
2. アウトラインから考えてもらう
目的が共有されたら、すぐに本文を書かせるのではなく、まずアウトライン(構成案)を出させます。これは「Chain-of-Thought(思考の連鎖)」という技法で、AIが考えるプロセスを分解し、内容の筋道を可視化させる方法です。
たとえば、以下のように記述します:
- 文書整理をするために構成案を考えてください。見出しごとに内容のポイントを簡単に書き添えてください
この時点でズレがないかを確認し、必要に応じて順番や内容を調整します。構成が整ったら、各セクションごとに文章を生成させていきます。
3. 自己評価させる
生成された構成案や本文は、AI自身に目的との整合性を評価させます。これは「Reflexion(自己反省)」という技法で、AIに自分の出力を客観的に見直させることができます。
たとえば、以下のように記述します:
- この構成案は、最初に定義した目的に対して適切ですか?重要な視点の漏れや、過剰な部分があれば指摘してください
- この文章は、「新しく入ったメンバーが顧客を理解する」という目的に沿っていますか?目的に対する貢献度・改善点・表現の工夫について評価してください
このように、AIを「評価者」としても使うことで、色々な視点から回答の確認することができます。
4. ペルソナ視点で評価させる
また、ペルソナ(想定読者)を与えて、受け手の視点からの評価させることもできます。これは「Role Prompting(役割指示)」という技法で、AIに特定の立場から読み直させることで、抜けやズレに気づかせる方法です。
たとえば、以下のように記述します:
- あなたは、チームに新規に配属された3年目のエンジニアです。この文章を読んで、意図が伝わり、顧客を理解できそうですか? また、タスクの理解が簡単にできるような内容になっていますか?
これにより、AIの出力に「現実の相手に伝わるか?」という視点が追加され、より使える内容に近づきます。
5. 人がレビューする
もちろん、AIとのやり取りだけで完結せず、成果を自分自身で確認したり、周りの人にレビューをもらうことも大事です。これも技法として「Human-in-the-loop(人間が介在する判断)」と言う名前がついています。人間によるレビューは、構成案や下書きなど、生成を繰り返す中で、何回も確認することが良いです。これによって「目的に対して正しく進めているか」を確認することができます。
やはり、最終的には人間が正しさを確認する、と言うのが大事です。
「なぜ?」から始めよう
仕事の本質は、自分自身が情報を速く処理することでも、正確に手順をこなすことでもありません。それらはAIを活用して楽をする領域です。なので、私たち人間は「なぜやるのか」を考えることが求められます。
仕事の「なぜやるのか」は、ひとりで腕を組んで悩んでいても見つかりません。周囲の人々と会話することで、見えてくるものです。そのために、間違っていいから案を出して、周りからのフィードバックを積極的に受け入れる姿勢が必要です。間違いを恐れすぎることは、物事を進めにくくします。
AIは仕事のパートナーです。AIにも丁寧に「なぜ」を伝え、段階を踏んで一緒に作業を進めていくのが大事です。
AI活用の最初の一歩は、目の前の仕事において「これはなぜやるのだろう?」と考えてみることです。わからなければ、ぜひ、色々な人に聞いてみてください。そして、AIを活用して、より良い仕事に取り組んでいきましょう!