近年、プロダクトやサービス開発においては、ユーザー視点に基づく設計アプローチが主流となっています。合理的で優れた手法ではありますが、意思決定の出発点を「ユーザー」に置くだけでは捉えきれない領域も存在する気がしてます。
書籍 エフェクチュエーション 優れた起業家が実践する「5つの原則」 で紹介されているのは、正反対の「自己起点」の概念です。その違いや関係性について考えてみました。
ユーザー起点の合理性
近年のプロダクト開発やサービス企画では、「ユーザー起点」や「人間中心」といった考え方が広く浸透しています。人間中心設計やサービスデザインといった手法では、ユーザーの課題に対して共感的にアプローチし、その構造を明らかにした上で解決策を導きます。
観察やインタビューから明示的あるいは暗黙的な課題を捉え、バリュープロポジションキャンバスやサービスブループリントなどを利用しながら、その課題に適した価値の定義と、そのデザインを行うのです。
サービスデザインではツールが準備されており、誰であってもツールを利用することで、デザインを進める再現性があります。また、ユーザー起点のストーリーはプロジェクトの目的を他人に説明しやすく、組織内での整合性も取りやすいという利点があります。
自己起点のエフェクチュエーション
一方で、書籍で知ったのがエフェクチュエーション(Effectuation)という考え方です。これは、2001年に経営学者サラス・サラスバシー氏が複数の経験豊富な連続起業家(アントレプレナー)を対象に行った研究から導かれた理論で、予測不可能な状況における意思決定の特性を記述しています。
特徴的なのは、出発点が「市場」や「ユーザー」ではなく、起業家自身であるという点です。具体的には以下の3点からスタートします。
- 自分は何者か(Who I am)
- 自分は何を知っているか(What I know)
- 自分は誰とつながっているか(Whom I know)
このような手持ちの資源(人的・知的・社会的)から、「現時点で実行可能なこと」を起点にし、将来を構成していくアプローチです。
これは自己起点であり、目的を先に定めて計画的に進める従来のアプローチ(コーゼーション)とは異なります。不確実性を避けるのではなく、不確実性の中で可能性を探索し、行動によって新たな機会をつくるという考え方です。
この理論には、次のようなユニークな名前の5つの原則があります。
手中の鳥の原則(Bird in Hand) | 与えられた目的ではなく、自分が今持っているもの(自分自身、知識、ネットワーク)を起点に始めるという考え方 |
許容可能な損失の原則(Affordable Loss) | 最大のリターンを求めるのではなく、「どれだけ失っても構わないか」の範囲で行動するというリスクの捉え方 |
クレイジーキルトの原則(Crazy Quilt) | 計画に基づく人選ではなく、協力したい人とパートナーシップを結びながら進めていくという柔軟なチーム形成の考え方 |
レモネードの原則(Lemonade) | 想定外の出来事や失敗を否定せず、積極的に取り込むことで新しい可能性をつくるというアプローチ |
操縦士の原則(Pilot in the Plane) | 未来は予測の対象ではなく、自分の行動によって部分的にコントロール可能であるという前提に立つ考え方 |
これらの原則は、従来の合理的・計画的なビジネスアプローチとは異なり、変化の中で機会を見つけ出していく心構えや行動指針を示しています。
生存者バイアス?真理?
エフェクチュエーションは、事実として存在する理論だと思いますが、偶発性や個人の社会的関係性を積極的に認めているため、再現性は低いといえます。
また、エフェクチュエーションの書籍で紹介されている事例は、結果として成功した「生存者バイアス」であるようにも感じます。アイスホテルの事例は、冬の観光資源に困っていたスウェーデン人のベリークヴィスト氏が、札幌の雪まつりに影響を受けて氷像祭りを開催したものの、気温が高くて氷像が壊れた際に、参加者が偶然使ったアイスドームでの宿泊が快適すぎてスタートした、という話です。とても興味深いストーリーですが、再現性はないでしょう。
しかし、一方では「真理でもあるな」と感じます。新しい事業を起こすというのは、ユーザー起点で考えを深めているだけでは限界があり、どこかで当事者の信念やエネルギーが必要になってきます。最後の最後まで行動し続けることで、何かが動き出す、というのはよくある話です。
ユーザー起点の自己起点の補完性
よって、両者は補完的であると考えるべきでしょう。
サービスデザインは、「誰かの困りごと」や「解決すべき課題」などユーザーが起点になります。チームは、それに対する仮説を立て、検証を繰り返しながら進めていきます。
一方、エフェクチュエーションでは「自分(たち)にできること」から始め、行動の中で新たな意味やパートナーシップが形成されていきます。そのため、明確な課題設定やユーザーリサーチからはスタートしないケースも想定されており、計画よりも関係性や即興性に重きが置かれています。
この両者は、どちらが優れているというよりは、実務のなかで状況に合わせて選択的に参照できる概念だと考えられます。
たとえば、企画の初期段階で「ユーザー起点」のアプローチがうまく機能しない場面があるかもしれません。仮説を立てる材料が少なく、顧客のニーズも定まらない。そうした場合に、「まず自分たちに何ができるか」という自己起点のスタンスから小さく始めることで、プロジェクトに現実的な手がかりが生まれることもあります。
あるいは、自己起点で動き出したアイデアを、一定の成果や反応が見えた段階で、デザイン思考のようなユーザー起点の手法に接続し、整合性を高めていくこともできます。
まとめ
ユーザーの課題に基づく「ユーザー起点」のデザイン手法が分かりやすいし、便利です。しかし、そうしたユーザー起点の合理性だけで新たなプロダクトを成立させるのも限界があります。
エフェクチュエーションは「心構え」のようなもので、手法として分かりやすさはありません。しかし、それでもなお、実践の現場において「今あるものから始めて、小さく動く」という心構えは、特に不確実性が高いプロジェクトにおいて有効に働くことがあります。
ユーザー起点と自己起点のデザインは、対立するものではなく、状況に応じて行き来きしてしまうものなのしれません。