2025年3月25日に開催されたアジャイルクロスカンファレンスにてJACK(Japan Agile Collaboration Kernel)の設立が発表されました。共同設立企業は、弊社を含めた以下の5社です。また、私が初代代表理事を務めさせていただくことになりました。
キーノートで話した内容を紹介しつつ、どんな思いで取り組むつもりなのか、書いておきたいと思います。
JTC文化ではアジャイルが機能しない?
Graatでは事業会社や大組織へのアジャイル導入支援をしています。その成果などを講演で話すと「うちの組織の文化ではアジャイルができない|うまくいかない」という反応があります。
JTC(日本の伝統的な企業)と揶揄される日本の伝統的な企業は、意思決定に組織内の合意形成が必要で、現場への権限委譲ができません。また、失敗を恐れて変化を嫌う傾向にあり、形式的な手続きを守りがちです。確かに、この文化はアジャイルの動きを阻害しますし、批判されるところです。
しかし、一方で僕が感じているのは「日本企業の文化の全てがダメなの?」ということです。
日本と米国の合理性は違う
このことに改めて気付かされたのは、渡邉雅子さんが書かれた新書「論理的思考とは何か (岩波新書)」という書籍です。この書籍によれば、日本と米国では手段を選択するための合理性が異なるそうです(詳しくはエントリ(論理的思考の違いから考えた、日本でアジャイルが機能しない理由と解決 - arclamp))
- 米国の論理的思考は、経済的合理性を優先し、KPIを達成するために手段を選びがち
- 日本の論理的思考は、社会規範の維持を優先し、組織の価値観にあった手段を選びがち
先ほどの合意形成型意思決定も変化への恐れも、組織の価値観を維持すると言う観点では有効です(もちろん、行き過ぎれば縮小均衡にしかなりませんが)。
日本的アジャイル手法は組織の価値観
僕は、アジャイル文化とアジャイル手法を分離して考えています。アジャイル手法は「プロセスの反復と成果物の漸進」を利用し、目的に対して手段の変更を安全かつ効率的に行うことを特徴としています。
米国的アジャイル手法は、経済的合理性が最優先なので「市場で勝つために、市場からのフィードバックを取り込みながら、目標達成に向けて適した手段(機能/サービス)に最適化する」ために利用しているといえます。
もし、日本と米国の論理的思考が違うなら、アジャイル手法の活用目的が違ってもいいのではないか?と考えています。
つまり、日本のアジャイル手法は「組織の価値観を体現するために、顧客だけでなく組織(経営層や他部署)からのフィードバックを取り込みながら、より価値観に適した手段(機能/サービス)に最適化する」ためなのではないか?と言う仮説です。

日本では組織内合意形成が必要
これは、私の日本企業へのアジャイル導入の経験ともリンクします。一般的に理解させるアジャイルチームは、プロダクトオーナー(PO)を中心に顧客と開発者を繋いでいます。しかし、日本のアジャイルチームは以下のような「顧客と開発者をつなぐ横の調整」と「意思決定者と業務部門をつなぐ縦の合意形成
」の両立が必要になります。

一方で、(僕は経験してませんが)アメリカでは「市場で勝つ」という社外の数値基準に向かうので、そのために組織や人や既存システムを変えていくことを厭わない。市場で勝者になるためには、組織の価値観も曲げる。
日本企業の変革として目指す「日本的アジャイル手法」
もちろん、日本企業にも変革は必要です。組織のサイロ化、プロセスの固定化、変化に対する抵抗から発生する「わからない」「進まない」「変わらない」では縮小均衡です。そういう構造的無能化に向き合い、平時の変革を進めなくてはなりません(参照:企業変革のジレンマという本が素晴らしかった - arclamp)
しかし、その目指すべき変革の先が「市場での経済的勝者になるために、米国的アジャイル手法の実践する」必要はない。むしろ、日本企業は「自らの価値観を継続的に向上させるために、日本的アジャイル手法を実践する」方が合っているし、強みが活かしやすい。「日本的アジャイル手法」を是とすることが、日本企業が変革を達成するために必要かもしれないと感じています。
JACKの役割は実践知の共有
そんな想いの中でJACK(Japan Agile Collaboration Kernel)の設立に関わる機会をもらいました。

JACKの大きな目的の1つは実践知の共有です。僕は実践知を「理想と現実のせめぎ合いから生まれる『よりよい』の追求を後押しする知恵」と定義しました。
何か変革を起こそうとするなら、必ず、理想と現実のせめぎ合いが生まれます。その中で簡単には変わらない現実に対し、理想に向かって進むには「意志」が重要です。その意思を後押しするのが実践知です。僕としては、日本的アジャイルという仮説の中で、必要な実践知を提示していきたいと思います。
例えば、米国的アジャイルを実践するためには「経営層の意識改革が必要だ」となりますが、日本的アジャイルであれば「経営層と価値観をすり合わせるためのプロセス設計が必要だ」ということが実践知です。
