アジャイルを展開していくうえで、現場の開発チームがどう振る舞えばいいかは具体的なテクニックがあるのですが、「偉い人」がどう振る舞うべきかについての情報が少ない気がしたので整理します。なお、僕の元ツイートはこちらからの一連です。
アジャイルを推進している偉い人の中にはスプリントレビューに出るなど、マイクロマネジメントになりがちな人がいる。理由を聞いたら「成果物が、普通に考えたらそうならないでしょ、みたいなものを作るから目を離せない」という。進言したのは「それはチームに考えさせてないからですよ」(続
— 鈴木雄介/Yusuke SUZUKI (@yusuke_arclamp) 2023年2月4日
前提
この議論において「そもそも、偉い人やPOやエンジニアに能力がない」「そもそも、会社の事業や文化自体がダメだ」というようなことは含みません。全員が優秀かどうかは別として、ある程度の能力を持った人がいて、それでもうまくいっていない場合にどうするか、という話です。
偉い人は関わりすぎてはいけない
アジャイル推進をしている「偉い人」の中には現場チームのスプリントプランニングやスプリントレビューに顔を出すなど、頻繁にチームに関わる人とがいます。ある方に理由を聞いてみたら「成果物が『普通に考えたらそうならないでしょ』みたいなものを作るから目を離せない」ということでした。
なぜ、チームは普通に考えないのか
なぜ、偉い人が「普通に考えたらわかる」ことが、チームには「わからない」のでしょうか?もちろん、機能を開発するのにチームが何も考えないでやっているわけではありません。仕様を決めないことは実装できないわけで、POを含めてチームは何らかの機能を考えて、それを実装するわけです。ところが、その仕様が「普通に考えらたらそうはならない」という評価になってしまいます。
僕が偉い人に言ったのは「それはチームに考えさせないからですよ」ということです。
「どんな機能を作るべきか」ということをチームが「普通に」考えられていないのは、「普通に」考えるための材料がないだけです。「普通が違っている」という表現でもよいです。特にエンジニアが外部企業からの参画者が多い場合、その企業の「普通」を理解していないのは当然のことです。
本来、偉い人がレビューすべきなのは「価値」の話なので「こんなユーザーのこんな課題を解決したいです。それで会社は〇〇円儲かります」という話です。せめて、もうちょっとブレイクダウンして「ユーザーは、こういう課題を解決したい」「ユーザーに提供する価値はこういうものだ」というものです。
一番悪い例は「抽選できないという課題があるので、抽選機能を作りたい」といったものです。これは、何も伝えていません。
そうではなくて、なぜ、抽選という答えにたどりついたのか、という背景を共有した方がいいことになります。
- 課題:新商品の販売において、転売行為によって商品が欲しい顧客に届いていない
- 取り組み:商品の販売において顧客への公平な販売を実現し、可能な限り転売を防ぐ
- 効果:顧客からのロイヤリティをあげ、ブランドイメージの毀損を防ぐ
こうなると抽選機能は1つの手段であり、さまざまな選択肢があることがわかります。
偉い人の中には、こうした背景を飛ばして「抽選機能を作ろう」と伝えてしまうことがあります。それは背景から実現手段を落とし込んでいく中で、会社の状況や業務上の負荷などを勘案した現実的な選択であるのかもしれません。ですが、そうやって「何を作る」という答えをチームに与えてしまうと、チームはそれ以上の視点で考えることができなくなってしまいます。
もちろん、背景情報を与えてもチームが「そうじゃないでしょ」というアイデアや仕様を出してくることがあります。そういう場合も、ぐっと我慢して「こういう機能を作ったら」ではなく「こういうユーザーが使った時に問題ないかな?」「こういうシーンだとどうかな?」「社内の業務負荷はどうなるかな?」という質問形式で会社の状況などを追加していくことです。
質問は相手に考えることを促します。繰り返しますが「チームが『普通』に考えられない」のは「『普通』を知らないから」です。なので、質問を通じて『普通』を伝えて、考えることを促していく必要があります。
これを何回か繰り返していくとチームは、この企業における『普通の考え方』を学んでいきます。そうすると、どういったことを気にしないといけないのか、誰を事前に調整が必要なのか、ということが理解し、それを得るための行動を始めるようになるはずです。

偉い人が関わらないのもダメ
さきほどとは逆に「アジャイルは現場に任せるものだ。予算をつけるので、若い人を中心にチームを組んでもらって、どんどん進めてもらいたい。権限委譲だ」といって、あえて関わらないようにする偉い人もいます。ところが、これもうまくいかないことがあります。なぜなら、多くの企業において権限移譲というのは簡単なものではないからです。
アジャイルで進めているチームが非常にクローズな環境で、その中でだけで完結するなら権限移譲も可能です。ただ、実際にはそんなことはなくて、さまざまな部署と連携して開発を進める必要があります。特にDXの場合、既存の業務フローを変えたり、新しいことに取り組むことになります。そうなると、営業部門、業務部門、品質部門、他システムなど、さまざまな部門と「変えてくれ」という依頼をしにいくことになります。
そういった他部門調整の交渉においては権限移譲ができず、負けて帰ってくることになります。
偉い人に、これを指摘すると「困ったら相談しにくればいいだろう」というのですが、それも簡単ではありません。大企業では、偉い人には「報告」するもので「相談」するものとは学ばないものだからです(もちろん、例外もありますが)。
僕のおすすめは強引に相談の場を作ることです。しかも、それはチームのサイクル(スプリント)と同じにしておく必要があります。週次でスプリントを回しているなら、週次で偉い人との定例の場を作ります。

こうなるとチームは、その場でなにかを毎週「報告」することになります。スクラムではスプリントプランニングで決めたものをスプリントレビューで確認しているので、予定外なことがあれば明確にわかります。たとえば「これをやりたいのだけど、〇〇部署との交渉で課題があります」ということを伝えなくはいけなくなります。これが実質的な相談になります。
そこで偉い人が「それは、こういう理由で進めてもらえ」と言えばいい。これで具体的な内容に対して明確な指示があったので交渉が進みやすくなります。場合によっては、相手の部長に「よろしく頼む」とメールしておくぐらいやってもいいでしょう。権限移譲というのは、曖昧にすると効力を発揮しませんが、具体的であれば効力を発揮します。
定例が短い期間で定期的に行われることは、いくつかのメリットがあります。
- 細かく情報共有しているので「過去の経緯を説明する」という時間が不要
- 「うまくいっていない」ことが小さい事象なので報告しやすい
なお、偉い人は定例でもグッと我慢して「どんな機能を作るか」は口を出さないようにしましょう。前述の通り、質問形式で考えることを促します。
「現場任せにする」のは正しいですが「丸投げ」はいけません。偉い人は自分の権限を効果的に、効率的に使ってもらえるようにしないといけないのです。定例の場が続いてきて、こなれてくれば定例じゃないときに相談してもらえるようになります。チャットで直接つながるのもよいでしょう。
偉い人は適切に関わる
偉い人というのは、アジャイルチームにおいて非常に重要な役目を持っています。そもそも「アジャイルでスピード感を持って進める」のであれば「権限が必要な判断もスピード感を持って進める」のでなければ話が合いません。なので、適切なリズムでチームで関わるためにはどうしたらいいか、偉い人も色々と考える必要があるのです。

追記
以下、ツッコミをいただいたので補足として載せておきます。
「偉い人」の口出しが過ぎるなら別の場所に隔離するという方策は一時的にはアリかと思いますが、スプリントレビューは誰が参加してもいいものだと思います。説明が二度手間、別の会議体があることによって透明性が失われる、あたりが気になりますねぇ。
— Miho🍺Nagase (@miholovesq) 2023年2月8日
はい、それに留意すべきなのはおっしゃる通りです。偉い人たちをイベントに集められない、数が多くなると全てのチームのイベントに出れないという制約もあるので、現実解として別会議体にしています。
— 鈴木雄介/Yusuke SUZUKI (@yusuke_arclamp) 2023年2月8日