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ITアーキテクト 鈴木雄介のブログ

企業経営とクラウド[追記あり]

こういう抽象度の高い話もたまには。


近年、仮想化技術の発展と共にクラウドやXaaS(X as a Service)と呼ばれる概念が登場しました。"as a Service"というのは必要に応じてサービスされること、つまり、技術面ではスケーラビリティできることを意味し、ビジネス面では従量課金のように投資リソースの最適化ができるようになります。

このXaaSですが、大きく分けると以下のように類型化されます。

名称 提供レベル 利用イメージ
IaaS(Infrastructure as a Service) インフラ 自分で作ったソフトウェアを置く
PaaS(Platform as a Service) 特定ニーズに合わせたアプリケーション基盤 自分で作ったソフトウェアから利用する
SaaS(Software as a Service) 具体的なアプリケーション 自分では設定やプラグイン開発だけ

XaaSの登場は"マルチテナント型ASP"としてのSaaSですが、その後、AWSのような存在が出てくることでレイヤー化していきました。上記の区分けは大雑把なので具体的なサービス名を挙げていけば中間的な存在もあります。

たとえばSalesforce.comにおけるSalesforce1 Platform(Force.comなど)は、ど真ん中のPaaSというよりは「カスタマイズ性の高いSaaS」の位置づけに感じています(だからHerokuを買収したのでしょうが)。一方、AWSでもEC2やS2はIaaS的ですし、SQSやAppStreamなどはPaaS的、RedShiftなどは一種のSaaS的な要素も包含しています。


成熟と共に専門化が発生してくるのは産業の常ですから、こうしたレイヤーどんどん細かくなっていきますし、対象となる専門分野もどんどん増していくことでしょう。

その専門化の次に来るのは統合化です。たとえばソーシャルゲーム業界やデジタルマーケティング業界向けにフロント部分からデータ分析に至るまでの全体を統合してサービス化することが可能でしょう。特定業界向けにソリューションとして各サービスをパッケージングするような動きは既に出てきていますし、もっと増えるはずです。

その先は標準化です。OpenStackはIaaSのレイヤーを中心とした標準化ですがPaaS版となるものも登場して来てもいいと思います。


パブリッククラウドばかりの話をしてしまいましたが、プライベートクラウドがなくなるということありません。

仮想化は規模の経済性が重要なので、単純にはパブリッククラウドが有利です。しかし、既存資産や運用/保守にかかる人件費やリスクコスト(特にセキュリティや内部統制)を考えると、一定の条件を満たす企業であれば社内構築(=自社資産)のほうが"企業経営的に考えて最適"という判断になることはありえます。

ハイブリッドクラウドパブリッククラウドプライベートクラウドのどちらも有効に活用するという概念です。理想形としてはIaaS/PaaSレベルのAPI互換性を高めてBCPの観点から活用しようと言ったコンセプトでしょうが、もっと現実的にはデータ交換を効率化するためのミドルウェア分野で、EAIELTSOAのようなものになります。

企業システムは全システムが相互連携をすることで成り立ちます。データ交換には少なくないコストがかかるのはご存じの通りですから、クラウドの活用にあたってはシステム単体の設計をするだけではなく、システムの相互連携も慎重に設計する必要があります。


さて、こうした成熟化が始まったクラウドサービスを企業はどのように活用を検討していくべきでしょうか。以前のようにオンプレミスかクラウドかといったような単純な図式では理解ができないはずです。

これまでの話を整理すると

  • ビジネスの継続性と可変性:ITリソースの柔軟性がどの程度必要か
  • ビジネスの差別化:どの程度、何を独自に"作る"必要があるか
  • ビジネスの相互作用:他のシステムと、どの程度の結合度をもっているべきか

といった観点から判断をしていく必要があります。

分かりやすく言えば、下記のようなマッピングとなります。が、これは一般論としての最適化であり、企業の状況によって「この限りではない」というのもお分かりいただけるところかと思います。

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この分析が簡単ではありません。特にビジネスの継続性と可変性については企業経営の論理をよく理解しないといけません。

良く言われるのは「あらゆるビジネスは環境要因によって変化する。そして、現代における環境変化は激しい」ということですが、現実的には「あらゆるビジネスは可変性が高い」という定義はできません。

なぜなら、効率化は継続的な安定を前提とするからです。「業務プロセスの改善には、まず計測」というのは科学的管理以来の事実です。ビジネスがある程度の期間以上継続することを前提とするならば、ビジネスの可変性を抑制することは効率化に寄与します。

社会基盤に近い企業はベンチャーのようなマインドを持てないし、持つべきではありません。それは役割が違うのです。もちろん、企業継続にイノベーションの継続的な創発が重要であることは明らかなわけですが、それは新規事業社内ベンチャーという枠組みを使うべきであって、企業全体のビジネスの可変性を上げることとは異なります。

要はアジャイルやリーンばかりが正解ではないということです。はい。


まとめ
大きく考えれば、ITは"情報"という現在の企業経営において最も重要な要素を司る技術です。企業経営のあり方が多様化し、かつ、切磋琢磨している状況であれば、当然ながらITも1つの方向に進むなんてことはなくて、常に変化をしていくことでしょう。

そういった背景を考えれば、クラウドという概念あるいは技術群も、企業のIT戦略に対して適材適所であればよいと思います。全てがクラウド、というのは楽観的な議論です。


追記2014/5/25
クラウドにSAPなどのパッケージをおく、というのは非常に多い」という意見を頂きました。はい、その通りだと思います。スケーラビリティを求めないIaaS=マネージドなホスティングとして使っているわけです。ただ、たとえばORACLEは全てのERP製品をSaaS提供しようとしているわけで、今後はパッケージをIaaSに置くぐらいならSaaSを採用するのが有利な気がします。
そもそも「図が正しい」というつもりはないです。『企業の状況によって「この限りではない」』というのが大前提です。